10月172007
玄関先にスロープ
「田舎への思い」でも少々紹介したが、我家は正確な築年数は不明なものの推定140から50年程度経っている。
いつもコメントを入れてくれる「新聞屋の所長」が、失礼な奴で我家を「ぼろや」と呼ぶが、全くその通りで反論できない。
古民家ブームで、人によっては「すごいね。夢があるね。」とか言ってくれる。
「そうかも」とも思う。
私自身も、観光地に行って、古い家等を見ると「すごい」と思う。
しかし、自分で住むとなると、これは別だ。
私も、小さいながら川崎で新築の家を購入し、文化的な生活を10年ほどしていた。
それに比較すると、何と生活しづらい事か。
「バリアフリー」なんてとんでもない。
地震がきたら、先日の能登半島地震と同様、我家はまず崩壊する。
瓦屋根の重量だけでもすごいらしい。
私の家のある辺りを「甍街道」として街並み保存の動きがある。
先日、市から「家の道路に面したところだけ」修復に補助金が出るとの回覧があった。
「こんな事で良いのか?」
何か間違っている気がする。
「甍街道」として保存して何がしたいのか?全く見えない。
別途、この活動に詳しい方と話はしたいと思うが、推進者とこの街に住んでいる方の温度差をすごく感じる。
この件は、書き始めたら止まらなくなりそうで、別途書く事したい。
明日満88歳になる父が、リュウマチで足が少々不自由で、家の中のちょっとした段は何とか頑張っているが、角度の付いている場所では踏ん張りが効かない様で、玄関先のちょっとした角度が大変であった。
それで、今回スロープを付けた。
見た目は、良くない。
街並みに相応しいかどうかは判らないが、手すりを付けなかっただけ見た目は良いと思う。
介護優先である。
私が『ぼろ家』と呼ぶのは、敬意を込めて呼んでいるのです。
(真面目な話です!本当の”ボロ家”に言うと大変失礼な事)
大切にして欲しいと思う。保存をどうするかは正直なところ、あまり興味はない。そこに住む人が歴史を残しながら現代の生活を如何にするか・・・
何でもかんでも、壊して建てかえれば良い訳ではなく、修繕しながら使い続ける事が一番。
新聞社の所長様
「ぼろ家」を今後どうするか?なかなか、難しい問題です。
今は、地震が来ない事を祈るのみです。
バリアフリーは大切ですね。当事者、介護者になって初めて気付きます。
さてブタクサで草の名前が分かっていないことに気づき、今まで何て名前か知らない草について調べました。
毎日の犬との散歩でこの時期いやになるのがこの草です。
アレチヌスビトハギ
これが犬と私にくっついて、なかなかとれずに困ります。
知ってましたか?
千葉の旧友様
私も、野草やその辺に生えている植物は良く判りません。
食えるか、食えないかは多少判りますが。
「アレチヌスビトハギ」
知りませんでした。絶対覚えられない名前ですね。
この辺りでは、
イノコズチがたくさんあって、セーターに付け合って遊んでいました。
今は昔、やんごと無き訳にて尾てい骨にヒビが入り
多少の振動でも激痛が走った、寝ている訳にもいかないので出勤したが
横断歩道の道路と歩道の段差と横断時間 エスカレーターの一歩
おりる時がつらくて階段でものすごくゆっくり昇り降り…
特に電車とホームの段差、ドアの開閉時間 押し出す人並みの障害は
激痛と戦いながらこしかがめて転ばないようホームへ出た覚えがあります。
ps.投稿にタグ付いてるし
おっちゃん様
「やんごと無き訳」とは酒がらみですか?
訳は、聞かないことにして・・・。
確かに、私も怪我して電車通勤で大変な思いをしたことがあります。
その状況になって、初めて要介護者等の方の気持ちがわかります。
PS 投稿のタグは、付いていたアドレスが長くて、はみ出したので、ちょっとこちらで編集掛けました。失礼。
タグ付け ありがとうございます。
投稿したらやけに長いアドレスが飛び出していて、目立って良いか とそのままにしてしまいました。(性格です)
実は我が家では体につくものすべてを「ひっつき虫」と呼んでいたのですがこれは正しいことがわかりホッとしております。
(タグの画面でひっつき虫を見てください)
千葉の旧友様
コメント側でタグ付きに出来ない様で勝手に処理してしまいました。せっかく枠からはみだし目立っていたのにすいません。
植物も賢いものです。ひっついて行って繁殖するのですから・・。