11月022021
Uターン丸15年
今日は、朝から曇りがちで、昨日と違い少々寒さを感じる1日でした。
今日で、Uターン丸15年となりました。
早いもので、あの日から15年も経過しました。
あの日は、今日とは違って、晴天で出雲空港から、でっかい西日に向かって、江津市まで移動した事を覚えています。
その時は、Uターン後の青写真は、全くありませんでした。
まさか、サラーリマン時代の知識を使って地元企業での研修を行なう事になっているとは・・・。
色々な方に助けて頂き、何とか自分が生まれた土地ですが、根を下ろす事が出来たと感じています。
お世話になった皆様に感謝です。ありがとうございました。
今後とも、よろしくお願いいたします。
今日の島根県のコロナ新規陽性者は、出雲市3名だった様です。
新聞記事
出雲市の3名は、過去の陽性者の接触者の様です。
江津市の高齢者介護施設のクラスターも落ち着いたようです。
浜田市、江津市でクラスターが続きましたが、火種は、少ないのではないかと・・・?
高齢者介護施設で、一気にクラスターにはなりましたが、感染者の方が重症化にはなっていない事が救いです。
全国的には、びっくりするぐらい陽性者数が減少しており、このところのクラスターで、ここ1週間での人口10万人当たりの陽性者数が、全国1位になってしまいました。
こんな所で、1位にならなくても・・・・。
10/31に発生した、京王線車内で17人が切り付けられるなどした事件では、電車が停止したのに車両ドアが開かず、乗客の一部は窓から脱出した。と。
新聞記事
今回の事件で、犯人の異常行動により、車内がパニックになった映像が報道で流れました。
この中で、鉄道会社のリスク管理として、何が正しかったのか?を問われる事象となっている様です。
まず、事件発生時、車内の非常通報装置を乗客の誰かが作動させ、車掌は同装置を通じ、作動させた乗客に何が起きたかを尋ねようとしたが、何らかの理由で会話ができなかった。と。
おそらく、作動させた乗客も作動させた後は、非難行動に移った考えられ、会話が出来なかったと予想されます。
その後、どの様な手段で、車掌や運転手が車内の状態を知る事が出来たかは不明です。
非常装置が押された時は、次の駅で停止するマニュアルとなっていたのか、次の駅で停止行動をとったものの、停車位置が通常より約1メートル手前だったため、本来の位置まで進もうとしたが、乗客が非常用ドアコックを操作していたことから前進できなかった。さらに、線路の勾配で約1メートル戻され、結果的に通常よりも約2メートル手前で停車した。と。
停車後、各車両のドアが開かなかったのが、電車側のドアとホーム側の位置が不一致で開かなかったのか?、ドアの閉を車掌が操作したのかは不明ですが、非常用ドアコックが操作されていた様ですが、停車後もう一度操作する必要があったのでしようか?
この様な事象は、おそらく想定されていないと思われ、車掌、運転手も判断に迷った事と思います。
また、乗客も、非常ボタンや非常コックを操作した事がある方は、皆無と思われ、パニック状態で、正しい操作が出来たのでしょうか?
しかし、どこまでの異常事態を考慮した装置とするのが正しいのでしょうか?
乗客が操作できる非常用ドアコックは、適切に、見た瞬間に操作できる表示が必要と感じます。(TVでは、実物の操作を実演していましたが、赤く塗ったハンドルがあるだけで、正しい操作が出来るかどうか?)
あらゆる想定を考えた操作機能を有していてほしいと思いますが・・・。
その前に、二度と今回の様な事件が発生しない事を祈ります。
>Uターン丸15年
がんばりましたね
お疲れさまです
これからも地元に貢献
頑張れ!
千葉の旧友様
ありがとうございます。
企業から求められる間は、頑張りたいと思います。
その為にも、時代の流れに付いて行ける様に頑張ります。
花田屋 様
早いもので、あの日から15年も経過しました。
↑
おめでとうございます!!
本当によく頑張っていますよね。
地元に必要とされていることを感じます。
まだまだ、ファシリテーターとして地方活性に頑張って下さい。
三歳からの同級生様
ありがとうございます。
>ファシリテーターとして・・・・。
そんな格好いいものでは無いですが、ご依頼を頂く間は、頑張ります。